脳出血が重症で半身が完全麻痺でも本当に回復できるのか?【正解のリハビリ、最善の介護】

【正解のリハビリ、最善の介護】#25

かつて、当院でリハビリ治療に取り組んだAさん(男性・当時39歳)のお話です。彼は身長175センチ、体重98キロの肥満体形で、高血圧もずっと放置していました。仕事はシステムエンジニア(SE)で、職場までは電車通勤。独身で両親と同居しており、趣味はゲームとのことでした。

ある日突然、右半身がまったく動かなくなって言葉も出なくなり、意識がもうろうとして救急搬送されました。診断は「脳出血」でした。搬送先の救急病院でもしばらく脳出血が続き、出血量は約78ミリリットルに及んで重症となってしまいました。

入院2日目に出血が止まり、血腫を吸引する手術を受けて、意識は徐々に回復してきました。言葉は発声できないものの、少しだけ周囲の状況を把握できるようになり、口からの食事もできるようになりました。さらに、排尿と排便の感覚もわかるようになってきました。身体の動作は全介助の状態でしたが、介護者がAさんの体を動かす際、麻痺がない左半身で協力動作ができるまでになりました。

そんなタイミングで、Aさんのご両親が「まだ若いので、何とか装具を使ってでも歩けるようにならないか。少しでもしゃべれるようにならないか。少しでも文字が読めるようになれば本人の楽しみができるので、リハビリ治療をしたい」と、当院まで相談に来られたのです。

Aさんは重症ではありますが、年齢が若いこと、すでに口から食べられるようになったこと、右半身は完全麻痺で重度の感覚障害も認めるが、左上下肢に麻痺はないこと、リハビリの意欲があること、そして脳画像で左側被殻を中心に大脳は重度脳損傷を認めたものの右側の大脳は健常であることから、「装具を装着しての杖歩行と、セルフケアの日常生活動作は自分でできるようになり、精神機能や高次脳機能も徐々に軽快してくる」と予測できました。また、言葉の機能も年単位で長期的に回復することが見込めます。

そこで、手術から33日目に当院の回復期病棟に転院となりました。高血圧症が未治療だったため、収縮期血圧120㎜Hg以下に血圧を管理して再発予防を徹底しながら、6カ月間の回復期リハ治療を計画しました。

■6カ月で自宅退院が可能に

ADL(日常生活動作)をどのように向上させていくか、歩行機能をどう獲得させていくか、上肢機能、精神機能と高次脳機能をどこまで向上できるか、言語機能をどのくらいの期間で向上させていくか。さらに、復職を実現するために何が重要で、どのような計画で復職してもらうのか。それらについて、作業療法士、理学療法士、言語聴覚士、看護師、ソーシャルワーカーと相談し、計画を立てました。

また、退院後は当院の外来リハビリテーションでの通院治療を継続して長期的に機能・能力を向上させていくことと、メンタルサポートを継続して下支えした上で、復職支援事務所と連携して頑張りを見守る方針にしました。

こうした計画に沿ってリハビリ治療を実施した結果、Aさんは入院後6カ月で自宅退院となりました。入院時、少しボーッとしていた意識状態は、意識清明まで改善。運動機能面では、右片麻痺は入院時の重度の弛緩性麻痺から、退院時には上肢と下肢に少し随意運動が出てわずかに動くようになりました。

握力も0/23キロから9/30キロまで向上。ただ、手指の利用は難しく、補助手として紙を押さえることができる程度でした。上肢機能訓練は一生にわたって大切で、それを行わないと生活活動を阻害する上肢になってしまいます。このリハビリ治療については別の機会に詳しくお話しします。

下肢は麻痺が残りましたが、短下肢装具を装着した杖歩行により6分間で265メートルも歩けるようになり、信号も渡れるレベルに向上しました。歩行獲得には、金属支柱付き長下肢装具療法での歩行訓練が必須で、このリハビリ治療も別の機会に説明します。

重度の感覚障害は残り、表在感覚(触覚、温冷覚、痛覚など)、深部感覚(運動覚、位置覚、振動覚など)ともに脱失していました。しかし、“できるADL”を表すBIは25点から95点まで改善。“しているADL”を表すFIMも38点から111点に向上し、自宅退院が可能になったのです。体重は75キロと6カ月で15キロの減量に成功し、血圧も安定しました。

精神面に関しては、入院時から礼節が保たれ穏やかで、経過を通して安定していました。高次脳機能面は、注意機能、記憶、遂行機能、修正機能、失認、失行は中等度の低下を認めましたが、退院時には軽度の低下まで改善しました。言語機能面は、入院時は単語と短文だけがわずかに理解できる程度で発語は困難でした。しかし、退院時には単語と短文の理解はほぼ可能、発語と書字も単語レベルで一部可能になり、簡単な計算もできるようになりました。嚥下機能面は、入院時から誤嚥もなく口から食べることが可能でした。

次回、回復して自宅退院されたAさんが復職に至るまでの取り組みをお話しします。

(酒向正春/ねりま健育会病院院長)

2024-04-24T00:30:07Z dg43tfdfdgfd