80代の親が脊柱管狭窄症で歩けない…手術するかどうか悩んでいる【第一人者が教える 認知症のすべて】

【第一人者が教える 認知症のすべて】

「80代の母親が脊柱管狭窄症で、歩いていると脚がしびれて歩けなくなります。以前は遠くのスーパーまで買い物に出掛けていたのですが、脚が痛くて歩けないので、宅配サービスを利用するようになりました」

こう話す男性が悩んでいるのは、母親に脊柱管狭窄症の手術を強く勧めるかどうか。整形外科に通ってブロック注射を打ってもらっているけれども、一向に症状が良くならない。

主治医の先生からは「低侵襲の内視鏡手術もある。脚が痛くてつらいなら手術もいいのでは」と説明を受け、気になってはいるが、母親とともに「80代にもなって手術はどうだろう。年だし、どこか痛かったり不具合があるのは仕方がないことでは」という思いもあり、迷っているのだそうです。

脊柱管狭窄症は私の専門外ではあるものの、ひとつ言えるのは、「歩けるようになる術があるならば、『年だから』と思わないで、積極的に検討してみるといいのでは」ということです。

歩けるかどうかは、認知機能をどれだけ維持できるかにつながります。70~80歳の女性の認知機能テストの成績と日頃の運動習慣の関係を調べた研究では、日頃よく歩く人はテストの成績が良く、1週間あたりの歩行時間を「2.8時間以上」「1.5時間~2.8時間未満」「40分~1.4時間」「40分未満」で比較をすると、歩行時間が長いほど認知機能テストの得点が高かったのです。このうち「40分~1.4時間」であっても、「40分未満」とは明らかな差がありました。

無理のない歩行でも脳のアセチルコリンが増え海馬の血流が良くなる

東京都健康長寿医療センター研究所では、なぜ歩行が脳に影響を与えるかを研究。ラットを用いて、「アセチルコリン神経を刺激すると、大脳皮質や海馬のアセチルコリンが増え、脳の内部の血管が広がり、血流が良くなる」「アセチルコリン神経を刺激すると、神経細胞死が起きにくくなる」ことを明らかにしています。

東京都健康長寿医療センター研究所は、歩行が脳のアセチルコリン神経の活性に関係があるのではないかと考え、さらなる研究を行いました。

まずラットをトレッドミルの上で「遅い」「普通」「速い」の3段階で30秒間歩かせ、海馬の血流と血圧を同時に測定。すると、いずれの速さでも、歩行直後から海馬の血流が増え始め、歩行をやめると徐々に元に戻ることがわかりました。血圧は、歩行速度が速いと著しく上がり、普通と遅い場合ではほんの少し上がるだけでした。

そこで血圧があまり上がらない普通の速さでの海馬のアセチルコリンを調べると、増加していることが判明しました。

これらの研究から読み取れることは、無理のない歩行でも海馬のアセチルコリンが増え、海馬の血流が良くなるということ。高齢者では、記憶などの機能をつかさどる海馬で脳血流の低下が見られますが、それが歩行で改善できるかもしれないのです。歩くことは、脳の血流を良くするだけでなく、認知機能維持につながるさまざまな効果があります。フレイル(虚弱)やサルコペニア(加齢による筋量低下)を予防し、寝たきりリスクを低くします。

スーパーに出かけることひとつとっても、脳へたくさんの刺激を与えます。「歩いて買い物に行く」「スーパーで何を買おうか考え、妥当な値段のものを選ぶ」「店員さんや顔見知りの人と会話を交わす」などなど。

自分の足で歩けなくても車椅子などの手段はありますが、高齢で脚が痛くて歩けなくなった人では一般的に、自宅へ引きこもりになりがち。これが招く社会的フレイルが認知機能低下を引き起こすことは、広く知られています。

冒頭の80代の女性ではないですが、脊柱管狭窄症で歩けないようになっていて、それが治療で改善できそうなら、歩くことを諦めないでほしいと思います。

なお、「歩けなくなる↓認知機能低下」を今回取り上げましたが、「歩くスピードが遅くなる↓認知症の前兆」といったことを示した研究も行われています。歩行速度の低下と認知機能の低下について、次回取り上げたいと思います。

(新井平伊/順天堂大学医学部名誉教授)

2024-04-23T00:41:26Z dg43tfdfdgfd