父が誕生日の前日に近所で転倒。緊急搬送され、そのまま入院したために、予定していた誕生会も流れてしまった。白状すると、その時点でも、まだわたしは、父の死を想像できていませんでした。
確かに、父から漏れ出るエネルギーは、終わっていく、老いていく人のもの。自分に足りないエネルギーを周囲から奪っていくような面もありましたが、同時に、とても力強くもあったのです。ただそれは、もしかしたら、月に3、4日しか行けない娘の前だから、格好つけてくれていたのかもしれません。亡くなる2ヶ月前の時点で、自分でもそう言っていましたから。「Sayaが来ると、いつもおかしなことをしているなあ。格好つけて、がんばりすぎちゃうのかなあ」と。
また「父が死んで、この世にいないということがどういうことかがわからない」という思いもありました。生まれたときから見守ってくれて、当たり前に愛してくれていた人が消えてしまったとき、自分がどう感じるのかがまったく見えなかったのです。50代も半ばになって、これも情けないことですが、〝娘〟というアイデンティティから抜け出ていなかったのだと思います。
一周忌が近づいている今では、自分がどういう状態だったかわかるのですが、いわゆる〝正常性バイアス〟を自分で、自分にかけていたかもしれません。と言うのも、家族のなかではわたし以外、プロジェクトリーダー的な仕事をしたことがなかったので、近居ではないのに、介護スタッフからの連絡係を一手に引き受けていました。連日の父や母からの電話、妹たちやケアマネージャー、訪問診療や看護のスタッフとのやりとり。常に求められる決断。これらをこなしながら、星占いの連載を落とさないこと。そのためには、できるだけ感情を殺して、平常心でいる。いつも通りに行動する。目の前のことを淡々とこなす。それらを心がけるしかなかったのですね。
でも、実際のところは、オンライン会議の動画を見直すと、自分の話が支離滅裂なときもありました。それは、同居の母などもそうだったと思いますが、父の易怒性の発作や日常のなかの事故など、いつ何があるかわからない緊張感で、交感神経が張り詰めている。臨戦態勢なうえに、判断を担うとなると、そこにもエネルギーを遣う。また新しいことをするとなったら、リサーチもロケハンも、また交渉もしなくてはならない。よく走り抜けたなあと思うところでもあり、そんななかで、父の死のタイミングなど、占星術をしているわたしでも、ろくろく考える間もなかった、というのも正直なところ。ただただ、特養に入った父と、今までよりもゆっくり向き合えることを楽しみにするなかで、父の生が終わったというわけでした。
イラスト/中川学
1966年生まれ。京都在住。浄土宗西山禅林寺派の僧侶にしてイラストレーター。Adobei llustaretorを使い幅広いスタンスでイラストレーションを描き、近年は絵本制作にも力を入れている。『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』(汐文社)、『絵本 化鳥)(国書刊行会)、『えほん遠野物語 やまびと』(汐文社)、『八雲えほん 因果ばなし』(岩崎書店)、『のこったのこった』(絵本 館)、『幸せに長生きするための今週のメニュー』(ミシマ社)、『おいなりさん』『そのとき門はひらかれた 法然上人ものがたり』「だいぶつさま」シリーズ(アリス館)など多数。この夏、絵と文で京都の聖地を紹介する本『京都いま浄土』(ミシマ社)を出版予定。TIS会員。
Saya
アストロロジー・ライター。東京出身、京都在住。早稲田大学卒業後、ライフスタイルの編集者を経て、アストロロジー・ライターに。「エル・デジタル」、「LEEweb」の星占いも好評。現在は、京都で夫と二人で暮らし、星を読み、畑を耕す傍ら、茶道のお稽古と着物遊びにいそしむ日々。新刊、『占星術ブックガイド〜星の道の歩き方、アストロロジャーとの対話集〜』(5500円/説話社)が好評発売中。
2026-08-02T07:23:57Z